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GEOINT とは

2019/1/21 (月)

Wikipedia より引用

これまで日本語で GEOINT を解説した Web ページはほとんど見つからなかったのですが、最近マイナビニュースの軍事とIT シリーズで GEOINT に関する連載記事が始まってることを知りました。

この記事によると、「・・・地理空間情報(GEOINT : Geospatial Intelligence)の話をしよう。Geospatial Information と書くこともあるが、略すと同じである。・・・」と冒頭で述べ地理空間情報活用推進基本法を引き合いに出して「われわれは日常的に GEOINT に接したり、扱ったりしている。」と書かれています。うーん、、、

地理空間情報 = GEOINT (Geospatial Intelligence)

たしかに辞書では「Intelligence = 情報」と訳されているので、辞書通りといえばそうなのですが、長年地理空間情報を扱ってきた我々にとっては

地理空間情報 = Geospatial Information

です。日本語訳(注:マイナビ記事の原文は「略すと」と書かれていますが「訳すと」の間違いではないだろうか)では同じと書かれていますが、「インフォメーション」と「インテリジェンス」は大きく意味が違います。この意味の違いを伝えられないと日本誤訳になってしまいます。

ということで、今回は GEOINT の意味するところを考えます。

インテリジェンスとは

GEOINT を理解する前に「インフォメーション (Information)」と「インテリジェンス (Intelligence)」の違いを理解する必要があります。

インテリジェンスとは、意思決定に役立つ情報です。

世の中にはさまざまな情報があふれていますが、その情報はある人にとっては必要で、ある人にとっては不要なのかもしれません。必要か不要かは分からないけどとりあえず集めたものが「インフォメーション」で、インフォメーションのうち経営者や上官など意思決定に関わる人にとって有用な情報を「インテリジェンス」といいます。

文末で紹介している参考書籍で、安全保障に関するインテリジェンスにおいては、普遍的かつ明確な定義が存在しないとしつつも著者が以下のように定義しています。

インテリジェンスとは、「政策決定者が国家安全保障上の問題に関して判断を行うために政策決定者に提供される、情報から分析・加工された知識のプロダクト、あるいはそうしたプロダクト(注:所用の情報分析・評価等をまとめた報告書や口頭説明(ブリーフィング)を意味する)を生産するプロセス(注:活動過程)」のことをいう。

この「政策決定者」や「国家安全保障上の問題」を別の「決定者」や「問題」に置き換えることができるので、「コンビニチェーン店の経営者」が、「新規出店候補地を判断する」とします。前述のマイナビ記事で説明されている「空間上の特定の地点又は区域の位置を示す情報」「その情報に関連付けられた情報」は何かを考えると「コンビニエンスストアの場所」や「コンビニエンスストアの名前・売り上げ」が該当します。

コンビニエンスストアの店舗分布

コンビニエンスストアの立地場所を地図上にプロットしただけで新規出店候補地を判断することはできません。これは単なるインフォメーションです。
この地図上に表示されたコンビニ一覧から、立地密度の低い場所を抽出し、世帯別居住者数から独身世帯が多く住んでいる地域、もしくは幹線道路沿いでドライブの休憩に利用しやすい場所と重なり合う地域が収益性が高い出店候補場所と考えられます。

コンビニエンスストアの出店分析

実際は地図上に表示してなんとなく眺めるだけではなく空間解析を行い根拠のあるデータを作成してレポートにします。完成したレポートが「コンビニチェーン店の経営者」へのインテリジェンスなのです。コンビニエンスストアの立地検討はまさにビジネスインテリジェンス (BI) と呼ばれています。安全保障分野では報告用のレポートをプロダクトと呼んでいます。

インテリジェンスの種類

ビジネスインテリジェンスもその一つですが、インテリジェンスは安全保障分野で使われることが多いです。安全保障分野の業務は情報機関で行われています。諜報機関とも言いますが、怪しいイメージを持つからか、国内では情報機関と呼ばれています。スパイ組織なんて言う人もいますが、中二っぽいので大人は使いません。

安全保障に関するインテリジェンスの種類は、情報源によって略して「~イント」と呼ばれています。

略語読み原語意味(ここで情報は intelligence を意味する)
OSINTオシントOpen Sourse INTelligence報道機関等メディアで公開された情報
HUMINTヒューミントHUMan INTelligence人間から収集した情報
IMINTイミントIMagery INTelligence偵察機や衛星画像から収集した情報
SIGINTシギントSIGnals INTelligence電波や電子信号を傍受することで収集した情報
MASINTマジントMeasurement And Signatures INTelligence対象の特徴を決定付ける情報。IMINT や SIGINT の処理を含む
TECHINTテキントTECHnical INTelligence技術的な情報
COMMINTコミントCOMMunications INTelligence通信に関して収集した情報
MOVINTムービントMOVement INTelligence動態(撮影)によって収集した情報
SOCMINTソックミントSOCialMedia INTelligenceソーシャルメディアによって収集した情報
CIシーアイCounter Intelligence外国の諜報活動への対抗策。防諜
GEOINTジオイントGEOspatial INTelligence収集した情報のうち、地理空間に関するもの

詳細は Wikipedia を参照

列挙するとそれぞれのインテリジェンスは対等・並列な関係のように見えますが、GEOINT だけは違和感を感じてしまいます。CI は本来この列挙に入るべきではないですが用語として知っておいた方が良いので入れておきました。

GEOINT とは

GEOINT とは地理空間に関連付けられた意思決定に役立つ情報です。

GEOINT というキーワードは、米国家地理空間情報局 (National Geospatial-Intelligence Agency: NGA) の前長官であるクラッパー退役空軍中将が 2005 年に提唱したものです(参考)。文末の参考文献 P97 にも記載があります。

画像情報や地理情報を加工・分析することにより、地球上の物理的な動きや地理的な形状を解析・分析し、あるいは視覚的に分析すること

空間上の場所の様子を示した衛星画像や航空写真などの画像情報、特定の地点や区域の位置を示す住所、地名、緯度経度などはすべて地理空間情報であり、地理空間情報の中から意思決定する人や部門・団体に役立つように集約されたものが GEOINT となります。

ほとんどのインテリジェンスは GEOINT

ここで、OSINT を例に挙げてみます。2015年11月13日にフランスのパリと郊外で爆弾テロがありました(参考)。メディアにも多く取り上げられましたが、ここから収集されたテロ関係の情報は OSINT です。この OSINT には「どこで」起きた事件かが示されています。「フランスのパリ郊外」という情報は地理空間情報です。 参考ページにテロの発生現場が地図上にプロットされていますが、これも地理空間情報です。位置に紐付けられないインテリジェンスはほとんどありません。「どこで」と言えるインテリジェンスはすべて GEOINT と言うことができるのです。

GEOINT と各インテリジェンスとの関係

つまり、GEOINT は IMINT・HUMINT・OSINT などと対等・並列な関係ではなく、すべてのインテリジェンスは GEOINT でもあるのです。

オールソース インテリジェンスのキーとなる

安全保障分野では、数年前から「オールソース インテリジェンス」や「マルチ インテリジェンス」という言葉が使われています。OSINT や HUMINT など個々の情報だけを扱うのではなく、持っている情報はすべて統合して分析するというものです。情報を統合するには「どこで」を意味する位置情報が欠かせません。GEOINT はあらゆる情報を統合するためのキー(接着剤)として機能します。これが最近欧米でトレンドワードとなっている ABI (Activity Based Intelligence) にも繋がっていきます。新しい概念のようにも見えますが、GEOINT の意味するところは本質的には何も変わっていません。

マルチ インテリジェンスにおける GEOINT の役割

「的」が頻出する GEOINT

なぜか GEOINT だけが「GEOINT的」と多用されています。「GEOINT 的分析」「GEOINT 的な手法で」などなど。「的」の意味について調べると、本来の意味は「そのような性質をもったものの意を表す。」ですが、「IMINT的」のように他のインテリジェンスでは「~的」と書かれた文書は見たことがありません。私は「私的には」「気持ち的には」のように若者言葉である「『~は』をぼかした表現」を無意識に表現しているのではないかと考えています。つまり、GEOINT っぽいけど断言できないから「GEOINT的」と濁しているのではないでしょうか。軍事とIT 記事の続編でも「GEOINT的視点・・・」と書かれていました。

単なるインフォメーションは GEOINT なのか

一般的に、衛星画像や新聞記事そのものを IMINT や OSINT とは言いません。しかし、なぜか "市販" されている GIS データは「GEOINT データ」と言われます。市販されている分析されていないデータはインテリジェンスなのでしょうか。

以前「私も GEOINT やってますよ- Pokemon GO という GEOINT をね。」と言われたことがあります。これが正しいのであれば「私も幼少期から IMINT やってますよー、ひまわりという IMINT をね。」となるのですが、そうなのでしょうか。

まとめ

GEOINT はインテリジェンスです。インフォメーションではありません。インフォメーションとインテリジェンスの違いを理解すれば、自ずと Geospatial Information と GEOINT との違いが理解できるはずです。いろいろ誤解して記述されている背景には GEOINT が国内のある分野でトレンドワードになっており、GEOINT と言っておけば色々都合が良いという事情があるのかもしれません。

ここではインテリジェンスの対象分野を特定しませんが、GEOINT を実践するには地理空間情報とインテリジェンスの両方に精通する必要があります。具体的にどのように GEOINT を実践していくかは追々書いていきます。

GEOINT の Geospatial を支える技術を GIS と言います。GIS は "Geographic Information System" の略で、日本語では「地理情報システム」と呼ばれています。「われわれは日常的に GIS に接したり、扱ったりしている。」のです。この記事を読んでいただいた方は、これを機に GIS と GEOINT を正しく使い分けていただきたいと願っています。

NO INTELLIGENCE, NO GEOINT

ちなみに、インテリは知識階級や知識人を意味するのでインテリジェンスとは全く関係ありません。

参考書籍

インテリジェンスの基礎理論

インテリジェンスの基礎理論

小林 良樹
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  • この記事を書いた人

羽田 康祐

伊達と酔狂のGISエンジニア。GIS上級技術者、Esri認定インストラクター、CompTIA CTT+ Classroom Trainer、潜水士、PADIダイブマスター、四アマ。WordPress は 2.1 からのユーザーで歴だけは長い。 代表著書『地図リテラシー入門―地図の正しい読み方・描き方がわかる』 GIS を使った自己紹介はこちら。ESRIジャパン(株)所属、元青山学院大学非常勤講師を兼務。日本地図学会第31期常任委員。発言は個人の見解です。

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