ロイター通信が報道したトーゴによるメルカトル図法の使用停止を主張する国連決議案について

※サムネイルはCorrect The Mapから引用

目次

はじめに

ロイター通信社から2026年4月16日に、次の記事が報道されました。

西アフリカのトーゴは、世界で広く利用されている「メルカトル図法」の地図の使用をやめ、イコールアース図法を採用するよう求める決議案を、今年9月に開かれる国連総会に提出する方針だ。メルカトル図法はアフリカ大陸の大きさを正しく反映しておらず、アフリカが軽視される傾向を強めているというのがその理由だ。すでにアフリカ連合に加盟する55カ国はこの方針に賛同している。

ドゥセ外相へのインタビュー動画では次のような翻訳で説明されていました。

これは、世界で広く利用さえているメルカトル図法の地図-
グリーンランドが、アフリカ大陸と同じくらい大きく見える
しかし実際には、アフリカの方がおよそ14倍も大きい
こうしたことから、西アフリカのトーゴは地図の国際的な見直しを求めている
同国は、16世紀に作られたメルカトル図法の廃止を国連加盟国に求める方針を示した

「アフリカの実際の大きさを反映した真の地図、
すなわちイコールアース図法が教えられるべきだ
トーゴはすでに全アフリカ諸国の指示を得ている」

メルカトル図法に反対する人々は、この地図が
アフリカが軽視される傾向を強め、
メディアや教育、政策といった分野での認識に影響を与えていると主張する
実際にはアフリカは広大な面積と人口を有している

今年初め、55の国で構成されるアフリカ連合は、イコールアース図法の推進を決議した
またトーゴに対し「地図を正す」キャンペーンの主導を委ねた

「これは人類のための闘いであり、科学のための闘いだ
かつての植民地支配国は、この取り組みを支持する利益があるはずだ
これは科学的な事実であり、科学においては事実を受け入れるしかない」

ドゥセ外相は決議案を準備中であり、9月の国連総会で採決される可能性があると述べた

各国の投票行動から、その「本音」がわかるだろうとも指摘した

追って日本の新聞各社も報道しはじめ、インターネットでも次のような記事が掲載されています。

動画でも説明されている、「Correct The Map(地図を正す)」キャンペーンは2025年からはじまっており、トーゴはその主導的立場にあるようです。

主張のポイント

面積が正しくないメルカトル図法はアフリカが過小評価されるため、使うのを止めて、面積が正しいイコールアース図法を使うように

という国連決議案を準備しているというものですが、ここでは一歩引いて俯瞰した見方でこの報道について考えてみます。

用語

解説資料をかいつまんで紹介します。

地図投影法

球体の地球を平面に展開する方法です。球は正確に平面に展開できないことが証明されており、平面に展開しようとすると、なんらかの歪みを伴います。歪みを最小限に抑えるように考えられた、さまざまな手法が地図投影法で、文献によっては1,000種類以上あると解説されています。

地図投影法を数式を使わずに理解する方法として、こちらの文献が参考になります。

地図投影法は、その性質によって3種類に分類できます。面積が正しい正積図法、角度が正しい(=形が正しい)正角図法と、そのどちらでもないその他の図法です。地図学では、統計地図などの分布図を示すには、面積が正しく比較できる正積図法を使うことが望ましいと習います。

具体的な地図投影法には、正角図法のメルカトル図法や、正積図法のイコールアース図法などがあります。

メルカトル図法

メルカトル図法の利点は、地図上のどこでも角度が正しく、緯線と経線が平行で示せられるいうことです。つまり正角円筒図法ともいえますが、この2つの条件が一致することで、航程線等角航路)を地図上のどこでも直線で描くことができます。赤道上の歪みは0で、極に近づくほど拡大率が高くなります。極で無限大(描画できない)となります。正角円筒図法が成り立つのはメルカトル図法のみです。

メルカトル図法は航海を目的として1596年に発表されたものですが、現代も航海用の海図ではメルカトル図法が使われています。それは航程線が地図上のどこでも直線で描ける図法がメルカトル図法しかないからです。ただし、世界地図として使われている訳ではなく、より大縮尺の地図を使っています。

メルカトル図法の難点は、円筒図法で正角性を維持するため、高緯度になるほど拡大率が大きくなることです。トーゴはこの難点を主張しています。

イコールアース図法

2018年、Esri社のBojan Šavrič (ボヤン・シャブリッチ)、米国国立公園局のTom Patterson(トム・パターソン)、モナシュ大学のBernhard Jenny(ベルンハルト・ジェニー)の3名によって2018年に発表された地図投影法です。著名なものの中では最も新しく作られた図法といえるでしょう。イコールアース図法は、次の経緯で作成されました。

イコールアース図法は、ボヤン・シャヴリッチ(Esri)、トム・パターソン(米国国立公園局)、ベルンハルト・ジェニー(モナシュ大学)が共同開発した、世界地図用の新しい正積擬円筒図法です。これは、公平性への懸念から一部の学校や社会問題に取り組む団体が採用しているゴール・ペータース図法に代わる、視覚的に美しい代替図法を提供するために作成されました。この図法の優先事項は、熱帯地域に発展途上国を、北部に先進国を、正しい面積比率で表示することです。

全体的に、面積の比が正しい正積図法であることに加えて、以下の特徴を備えています。

・ 全体的な形状はロビンソン図法に似ている(ロビンソン図法は人気があり見た目にも美しいが、正積図法であるイコールアース図法とは異なり、面積が等しくない)。

・ 投影図の湾曲した図郭は、地球の球形を暗示している。

・ 赤道から北極・南極までの距離を比較しやすくするため、緯線が直線である。

作者が発表している動画があります。字幕と翻訳を有効にしてご覧ください。

目的によってはイコールアース図法より最適な図法がある

イコールアース図法は、緯線が平行に描かれているので、緯度の影響を受ける、気候や植生の分布図を世界地図として示すのには適しています。また、気候や植生の分布なら正積図法に固執しなくてもよいので、より緯線間の間隔が緩やかな、ナチュラルアース図法やロビンソン図法などを使ってもよいでしょう。

正積図法はイコールアース図法が絶対的に正しいかというとそういう訳でもありません。例えば、世界の時差を確認するためのタイムゾーンを地図で示したい場合、イコールアース図法は適していません。時差は経度を基準として考えるため、経線が平行に示された地図の方が分かりやすいです。経線が弧を描いているイコールアース図法は適しません。世界のタイムゾーンを地図で描くなら、経線が平行な円筒図法で、拡大率が押さえられたミラー図法や正方形図法(正距円筒図法)が適当です。

「メルカトル図法をやめて別の正積図法を使おう」キャンペーンは以前からあった

今回の報道にあったような、「間違ったメルカトル図法を使うのはやめて、正しい正積図法の地図を使うべきだ」論は以前にもありました。今回取り上げられたイコールアース図法作成の契機となった、ゴール・ペータース図法がそれです。

ドイツの歴史学者・地図学者のペータース(Arno Peters, 1916-2002)(※注:ピータースやペテルスとも訳される)は、1970年代から、メルカトル図法は中高緯度地域が拡大して表示され、世界地図として広く用いられてきたことが先進国中心の世界観を助長したとして批判し、ペータース自身が作成したと主張する、標準緯線を45度に設定した正積円筒図法を使うべきだと強く主張してきました。

これがペータース図法ですが、実際はイギリスの牧師ジェームズ・ゴール(James Gall)(※注:ガルとも訳される) が1855年に発表した3つの図法のうちの一つである、ゴール正射図法に等しいものでした。つまり、ペータースは車輪の再発明を行ったことになります。そのため、「ペータース図法」「ゴール・ペータース図法」「ゴール正射図法」は、いずれも同じ図法を意味します。

このペータースの主張を受けて、アメリカの州政府など、一部の地図帳にペータース図法が採用されるなど、彼の主張に追随する一定の動きがありました。しかし、ペータース図法は低緯度が縦長に引き伸ばされていて、角度(形)の歪みが極端に大きくなってしまいます。そのため、大きな論争を巻き起こし、1989年にはアメリカ地図学会が、「メルカトル図法、ペータース図法を含む円筒図法は世界地図には適さないため、一般的な目的には使用しないように」と出版社などへ呼びかける決議を採択することになりました。

ドラマ「ザ・ホワイトハウス」シーズン2の第16話で、ある教育団体が、ペータースが主張した内容を政府職員に説明するシーンがあります。ちなみに、この画面上に表示されているメルカトル図法は縦横比が正しくないのでメルカトル図法とはいえません。

ペータースの主張はロビー活動もあいまって一定の支持を得ましたが、アメリカ地図学会が公式に否定したように、ゴール・ペータース図法には難点があり、その難点は多くの地図学者にとっては世界地図として使うべきではないといえるものでした。2017年にもボストンの公立学校でゴール・ペータース図法が採用されたことを契機として、そのアンチテーゼとして、イコールアース図法が作成されました。

”世界地図に"メルカトル図法を使うべきではない主張はもっと昔からあった

メルカトル図法は中学校地理の地図投影法単元で「角度が正しい地図」として習いますが、この記憶が曲解されて「メルカトル図法は地図帳で誰でも見たことがある」という誤解があります。学校の教科書として使っていた地図帳には必ず表紙の裏に世界地図が示されていますが、その地図をメルカトル図法だと思っている人が多いのです。これは誤りで、戦前に学んだ後期高齢者でも無い限り、地図帳の世界地図はミラー図法など別の図法で表現されています。

ミラー図法はメルカトル図法と似てはいますが、面積の拡大率が緩やかで、"北極点" "南極点" が描ける点でメルカトル図法と大きく異なります。

また、野村正七氏をはじめ、日本の地図学者もメルカトル図法の短所から、世界地図に使うべきではないと訴えてきました。そもそも、極が表現できないのだから、世界地図といってよいのかという疑問も投げかけられています。また、野村氏は地図帳の世界地図からメルカトル図法がなくなりつつあることを安堵している記載を以下の文献で示しています。

  • 野村正七 (1974)『指導のための地図の理解』中共出版

仮に、国や大陸の面積を誤解する理由でメルカトル図法を使ってはいけないといわれたら、Googleマップはどうなるのかと思われるかもしれまんが、実はGoogleマップは2018年に、スケールを小さくすると地球儀(外射図法)に切り替わるモードが搭載済みです。

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GISの時代に考えるメルカトル図法

地図帳などでは廃れつつあったメルカトル図法は、2005年に登場したGoogleマップによって多くの人の目に触れる図法となり、復権しました。

コンピューター マッピング(GIS)が当たり前の時代になった現在では、地図が自由に拡大・縮小できるという、紙地図では実現できなかった特徴を考慮すると、一概に「メルカトル図法は悪である」とはいえません。メルカトル図法は標準緯線(通常は赤道)上の面積の歪みはなく、GISでは標準緯線の緯度を自由に変更できるため、狭い範囲であれば、高緯度であっても角度が正しく、かつ面積も誤差も少ない地図が表現できます。

例えば、直角に交わる交差点を正しい角度で示すには、正角図法であるメルカトル図法は適当です。あくまで全世界を一枚の地図として表現するのにメルカトル図法は使うべきではないと考えればよいでしょう。

まとめ

  • 報道では「メルカトル図法の使用をやめて」とあるが、用途や目的もあきらかではない前提で特定の地図投影法が正しい/正しくないという主張は不明瞭
  • 仮に、トーゴの主張が「世界地図としてメルカトル図法を使うべきではない」ならば妥当な提言ではあるが、この主張は1990年代以前から地図学者が訴えてきた
  • イコールアース図法は2018年に登場した最近の正積図法で、分布図の使用に適してはいるが、擬円筒図法であり、経線が湾曲しているため、タイムゾーンのような経線を並行に示すべき主題図には適さない
  • 地図投影法は、用途・用法によって適切なものを適宜選択するものであり、一概に特定の図法の使用を決められるものではない
    • 最近の地図はデジタル利用が主流で自由に拡大・縮小ができる一方、拡大/縮小できない紙地図の知識を前提として議論しているものが散見される

まず、メルカトル図法は現在も航海用の地図である海図で使われているため、廃止することは不可能です。「世界地図として」の使用を廃止するべきという意味であれば妥当な主張ですが、それは先人の地図学者が長年訴えてきたことでした。

正角図法はメルカトル図法以外にもあるし、正積図法もイコールアース図法以外にもたくさんあります。画一的に特定の図法を使うべき、と主張するのではなく、地図の目的や表現したい範囲によって、適切な地図投影法を使用することが望ましく、そのためにはより多くの地図投影法とその特徴を知っておくとよいでしょう。というのがこの記事のまとめになります。

地図投影法は政治的な主張をするために恣意的に使われることもあります。今回の決議案は過去から繰り返し主張されてきたことの再来と捉えることもできると考えます。

なお、国連決議案は決議されても加盟国がそれに従う法的な拘束力はないですし、国連にも地理空間情報に関する部門があり、地図の正しい利用についてハンドブックを作成したりしています。

追伸

この件、4月20日にTBSラジオ「森本毅郎 スタンバイ!」のアナウンサーの方から当サイトに問い合わせがあり、電話取材の依頼がありました。地図のことを電話だけで伝えるのはなかなか苦しかったのですが、80分くらいかけてメルカトル図法とはからあれこれ説明して、2026年4月23日(木)午前7:40頃から10分程度この記事について放送されました。一部電話取材の音声が放送に使われています。「地図作成の専門家で、個人でも情報サイトで発信している羽田さん」として紹介されました。間違いではないとはいえませんが、普段から地図を作っている人と思われたかもしれません。電話取材デビューだったので記録しておきます(報酬などはないです)。

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この記事を書いた人

伊達と酔狂のGISエンジニア。GIS上級技術者、Esri認定インストラクター、CompTIA CTT+ Classroom Trainer、潜水士、PADIダイブマスター、四アマ。WordPress は 2.1 からのユーザーで歴だけは長い。
代表著書『地図リテラシー入門―地図の正しい読み方・描き方がわかる
GIS を使った自己紹介はこちら。ESRIジャパン(株)所属、2021年度~2023年度まで青山学院大学非常勤講師も兼務。日本地図学会常任委員。好きな地図投影法はパース・クインカンシャル図法とマクブライド・トーマス平極四次曲線図法。発言は個人の見解です。

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