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人工衛星が同一地点を見続けられる時間の計算

2018/9/28 (金)

※YouTube より引用

はじめに

今回は人工衛星に関するお話です。

夜に星空を眺めていると、流星にしてはかなり長い時間光ってる星を見ることがあります。それは人工衛星が太陽光で反射して見えているものですが、同じ場所で観測しているとどれくらいの時間その衛星を見続けることができるのでしょうか。

最近観た映画が発端でこんな疑問を抱きました。アクション・スパイ映画で偵察衛星から地表を映像で観測するというシーンがしばしば見られます。たとえば、

某国のイージス

2005年公開の映画。原作は1999年の小説。最近たまたまこれを観たのですが、クライマックスでこんなシーンがあります。

「偵察衛星の映像は?」
「まだです。」
「偵察衛星、固定完了しました。」
「なんか動いてる。」
「拡大」
(映像確認)
「グ、ソ、、、グソーカクホ、グソー確保!」
「攻撃中止!」

グソーと呼ばれる化学兵器をテロリストから確保したことを先任伍長が手旗信号で伝え、それを人工衛星から映像で確認して作戦(護衛艦を空爆する)を中止するというものです。

これだけみるとかなりシュール。

007 ワールド イズ ノット イナフ

1999年米国公開。日本公開は2000年。ピアース ブロスナン主演の 007。ラストのシーンで、MI6 がジェームス ボンドの現在位置を偵察衛星で察知して赤外線センサーで建物越しにリアルタイム映像で確認するというもの。いざ確認するとベッドの上で 2人の人間が折り重なっていることがわかり M が「007!」叫んでフィナーレです。

疑問

この2つの映画のシーンを観て普通疑問に思うのが

  • 人工衛星は固定できるのか
  • 鮮明な解像度で見ることができるのか
  • サーモグラフィーで見られるのか
  • 人工衛星から映像を見ることはできるのか

といったところでしょうか。フィクション映画は割り切ってみないと悩むだけです。他にも人工衛星が出てくる映画『バトルシップ』なんて冒頭でランドサット7号が地球外生命体の電波をキャッチするのですから(ランドサットは地球観測衛星で地球外の電波を受信できる機能はない)。そんな突飛押しもない空想はともかく、私は少し現実的なところに疑問を抱きました。

  • 人工衛星は同一地点をどれくらいの長さ観測できるのか?

静止画なら一瞬の撮影で終わるのですが、映像となると長い時間見続けられなければなりません。そんなことが現実的にできるのか疑問に思ったのです。

順に確認していきましょう。

Q:人工衛星は固定できるのか?

以前ある人と準天頂衛星の話になった際、「そもそも日本の上空に衛星を静止させれば良いのではないか?」と質問されたことがあるのですが、そのときは「それができたら偵察衛星で困ることはないだろう。」と心の中で思うと同時に、誰もが人工衛星軌道の原理を知っている訳ではないということを改めて理解しました。なので今回のお話の前提についても少し触れておきます。

人工衛星は飛んでいるのではなく落ちている

人工衛星は地表から約160km ~ 40,000km あたりを飛んでいるのですが、実際には飛んでいるのではなく落ちている(自由落下している)のです。ただし、あまりにも速い速度で進んでいるので、落ちた先も上空にあたり、永遠に落ち続けることとなって結果として飛んでいるように見えるのです。

なぜ「静止衛星」というのか

これは地球上から見て常に同じ場所に居続ける、つまり静止しているように見えるからです。静止衛星を配置できる軌道は赤道の上空 35,786km だけです。ここだと人工衛星の公転周期(地球を一周する時間)が、地球の自転周期と同じ約24時間となるため、地上から見ると常に同じ場所に止まっているように見えるのです。

人工衛星を赤道上空以外の場所で地球上から見て静止させるには、スラスターを噴射するなどして重力にあらがう運動をさせる必要があります。

そうでなくても人工衛星は薄い大気の影響などでそのままにしておくと速度が落ちて高度が下がります。なので衛星の種類によってはたまにスラスターを噴射して速度を上げ、下がった高度を元に戻したりしています。意図的に逆噴射して高度を下げ、地表に近づいて撮影し、そして高度を上げるというものがあります。そのためにかなりの燃料を搭載している人工衛星があります。逆にスラスターなど搭載していない簡易な衛星をたくさん打ち上げて落下したらそれまで、という運用をしているものもあります。

特殊なケースとして、常に日本の上空に衛星をとどめておくことは不可能だけど、少しでも日本の上空に長くとどまっているように見せるため、準天頂衛星のような特殊な軌道をもっているものもあります。

映画のシーンでは「偵察衛星、固定完了しました。」と言っているので周回衛星にスラスターが搭載されていて逆噴射とかかけているのでしょう(適当)。
A:人工衛星は固定できません。

Q:鮮明な解像度で見ることができるのか?

ということで、人工衛星は赤道上空を除いて常に同じ場所から見下ろすことは不可能ということが分かりました。赤道があるじゃいかと思われるかもしれませんが、赤道上空 35,786km は途方もない上空です。高解像度の衛星画像はだいたい 500km~600km あたりの高度をとっています。商用衛星の最高解像度が 30cm 程度ですが、きれいに見るには地球に近寄るしかないのです。

静止衛星である気象衛星ひまわり8号の光学センサーは解像度 500m~1,000m です(出典)。これは飛行場があるかどうかかろうじて分かる程度で人物はおろか車両も分かりません。しかも日本は中緯度にあるのでかなり傾斜した角度からしか見ることができません。

とてつもなく大きいミラーを搭載すれば静止軌道から高解像の画像が得られるかもしれませんが、商用衛星ではまだ聞いたことがないです。
A:手旗信号を認識するには、解像度 10cmが必要です。静止衛星では無理でしょうし、周回衛星も商用衛星では無理です。軍事衛星のことは分かりません。

Q:サーモグラフィーで見られるのか

人工衛星には種類によってさまざまなセンサーが搭載されており、熱赤外センサー搭載のものもあります。気象衛星ひまわりにも搭載されています。これを使えば地表の温度を測ることは可能です。可能ですが、映像でリアルタイムに計測できるセンサーを搭載している衛星があるのかどうかは分かりません。また人の形状を認識できるまでの高解像度センサーもあるのか不明です。
A:少なくとも静止画像で、ある程度の解像度ならば見ることができる衛星があります。

Q:人工衛星から映像を見ることはできるのか?

映画ではいずれも人工衛星からリアルタイムに映像を確認するというものですが、2000年前後では少なくとも商用衛星では動画撮影できるものはありませんでした。まさに映画の世界だった訳ですが、2010年代になって商用ベースでも動画撮影が可能なものが打ち上がっています。

今月初旬にネットのニュースでこんな記事がありました。

中国の商用光学衛星(吉林一号 Jilin-1 Video)が動画でロケットの打ち上げを撮影しています。

動画衛星というと、SkySat という動画が撮影できる衛星が数年前にニュースとなりました。


A:当時は無理だったかもしれないが、実現化されつつある。軍事衛星のことは分かりません。

Q:人工衛星は同一地点をどれくらいの長さ観測できるのか?

これが今回のテーマです。

米国の偵察衛星は商用衛星の 3倍の性能があるとかないとか言われていますが、これまでの質問はすべて実現できると言われても不思議ではありません。ただ、静止衛星軌道で 10cm 未満の解像度は怪しい気がするので、現在最も解像度の高い商用光学衛星である WorldView-4 の軌道でどれくらいの時間観測できるのかを考えてみます。

具体的にどれくらいの時間なのか求めたくなったので、久しぶりに数学と格闘しました。

本来地球は凸凹していますし、地図の世界では地球は回転楕円体として扱うのですが、今回は計算を簡単にするため地球を球と仮定します。人工衛星の軌道にはさまざまな高度がありますが、以下の条件とします。

  • 地球の半径は 6378km で球とする
  • 人工衛星の高度は 617km とする
  • 高度 617km の場合、周期は 97分(7.54km/秒 )
  • 地球は山などの起伏がないものとして観測点は高度 0 mとする

周回衛星の周期(地球を一周するのにかかる時間)は、高度で決まります。一般的な光学商用衛星の軌道である高度 617km とすると 97分の周期です。静止衛星の約24時間(23時間56分4.1秒)に対して周回衛星は結構早いスピードで回っているのです。となると定点観測できる時間も短いことが予想できます。

人工衛星が観測点を見続ける時間の求め方

上図で r の角度を求めることができれば、360度に対する割合を求めることで、人工衛星が観測点をどれくらい見続けられるかが分かります。結果このようになりました。

6378 6378 6378 6378 6378 6378 6378
617 617 617 617 617 617 617
θ 0 1 30 45 60 89 90
L 617 617.085 702.267 837.089 1102.953 2763.324 2872.48
r 0 0.08821 2.87733 4.85412 7.848409 23.26489 24.24552
r*2 0 0.17642 5.75466 9.70825 15.69682 46.52978 48.49104
φ*2 0% 0.049% 1.599% 2.697% 4.360% 12.925% 13.470%
V 7.54875 7.54875 7.54875 7.54875 7.54875 7.54875 7.54875
T 1:37:02 1:37:02 1:37:02 1:37:02 1:37:02 1:37:02 1:37:02
A 0:00:00 0:00:03 0:01:33 0:02:37 0:04:14 0:12:33 0:13:04

x:地球の半径(km)
y:人工衛星の高度(km)
θ:天頂と観測点と人工衛星を結ぶ角度(度)
L:観測点と人工衛星の距離(km)
r:観測点と地球の中心と人工衛星を結ぶ角度(度)
φ:観測点と地球の中心と人工衛星を結ぶ角度の割合の2倍(%)
V:人工衛星の速度(km/秒)
T:人工衛星の周期(時:分:秒)
A:人工衛星が観測点を観測できる時間(時:分:秒)

※高度などを変更して計算したい方は satellite-viewing-time.xlsx をダウンロードしてください。

上の表によると最大で 11分程度見えるということになりますが、角度が水平(90度)だと真横なので見下ろすことはできませんし、山の影に隠れて見えない場合もあります。現実的なところは +-30~45度くらいです。

ただ、この計算だとは観測点を点として捉えた場合となります。人工衛星には観測幅(Swath・刈幅)と呼ばれる撮像可能な範囲があります。通常の光学衛星とビデオ衛星では原理が違うと思われますし、衛星の進行方向と横との撮像方向によっても異なりますが、ここでは WorldView-4 の諸元である観測幅 13.1km(直下視の時)の値で考えます。

なお、WorldViewのような光学衛星は一般的にラインセンサーが搭載されており、観測幅は軌道に対して垂直の幅を指します。軌道方向は衛星自身の進行によって撮影されるため、デジタルカメラのような二次元の光学センサーとは原理が異なります。動画衛星がラインセンサーだとは考えにくいので、センサーは軌道方向にも観測幅があると仮定して計算しました。

人工衛星の観測可能時間

観測可能時間(t)=観測幅(13.1km)÷周長(6357km)÷周期(5822秒)=2秒

人工衛星が観測点を観測できる時間(A)に加算してもたかがしれています。
A:人工衛星が同じ観測点を見続けられるのは 1~2分程度

カップラーメンができあがるのを待っていたら見えなくなってしまいます。

そして面白いのが角度が水平に近い時は 1度進むのに 30秒かかるのに対し、天頂付近では 1度を 3秒で通り過ぎていくことが分かります。人工衛星の軌道の中心が観測点と異なるためです。

また、表は人工衛星から観測点を見た場合の時間です。観測点から人工衛星を見る場合は、人工衛星に太陽の光が反射する必要があるので、太陽の光が地球に遮られると途中で見えなくなってしまいます。ISS を見ていて空の中で消えるのはこのためです。

本来は地表も人工衛星軌道も球なので、人工衛星と観測点とに角度がある場合は地表の観測幅は広がることになりますが、今回は無視しました。

また、距離(L)が長くなると解像度も落ちるのですがその辺は無限に超高解像度な映像が撮れるものとしました(フィクションなので)。

計算式

上記の表を作成するための計算式です。興味がない方は読み飛ばしてください。ここに書いた式は自分が理解できるレベルに落として順番に展開しています。

x = 6378:地球の半径
y = 500:人工衛星の高度
x + y = 6878
θ :天頂と観測点と人工衛星を結ぶ角度
L:観測点と人工衛星の距離
r:観測点と地球の中心と人工衛星を結ぶ角度

はじめに人工衛星の周期を計算します。

次に L を計算します。

L が求まったら r を求めます。

今回使用した公式と定理です。

まとめ

人工衛星が観測点を見続けられる時間が 1~2分というとかなり短くめまぐるしく移動するような印象を持ちます。そこで、改めて SkySat の映像を見てみます。

一見して地表はほとんど動いていないように見えます。これは映像の見せ方にトリックがあり、実際はもっと広い範囲を撮影しているところを、一部の範囲にトリミングして切り出した範囲が場所を移動しないようにしているため、あたかも静止点から観測しているように見えているのです。ブルジュ・ハリファ(ドバイの超高層ビル)を見ると速い速度で衛星が移動していることが想像できます。吉林一号の映像も、おそらく広範囲の映像をトリミングしてカメラを振っているように見せてるのではないでしょうか。

最近小型衛星が安価に打ち上げられるようになったこともあり、衛星コンステレーションという、一瞬しか見られないならたくさん飛ばして広い範囲を撮ればいいじゃないかという方法で全地球を映像でカバーする試みがあります。

BlogVlog で出している人も増えてきているし、衛星も静止画から動画で撮るのが普通になる時代がやってくることでしょう。

余談

今回の興味と好奇心を満たすためには数学が必要でした。

今回の計算には中学校と高校で習った数学の公式や定理を使うのですが、すっかり忘れていました。公式や定理自体は検索すれば出てきますが、求めたい値を計算するのにどの公式を使えばよいか分からず、休日に1日悩んで行き詰まってしまいました。そのときは ArcGIS に座標から作図して求めた図形の角度を属性テーブルに出力するというチートで答えを出しました。どうしても計算式を求めたかったので、翌日に恥を忍んで新卒の後輩に聞いたら「これなら解の公式で解けますね。」と自分が1日かけて解けなかった問題を10分で解いてくれました。彼の書いてくれた式を理解するまでに 1時間。専門職以外で社会人になってもすぐに計算式が出る人は尊敬します。

数学の公式はネットで調べられるけど、答え解くのに使うべき数学の公式を検索するのは難しいです。もし今回と同じ問題を調べたい人が出てきたら、この記事が役に立つことでしょう。

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  • この記事を書いた人

羽田 康祐

伊達と酔狂のGISエンジニア。GIS上級技術者、Esri認定インストラクター、CompTIA CTT+ Classroom Trainer、潜水士、PADIダイブマスター、四アマ。WordPress は 2.1 からのユーザーで歴だけは長い。 代表著書『地図リテラシー入門―地図の正しい読み方・描き方がわかる』 GIS を使った自己紹介はこちら。ESRIジャパン(株)所属、元青山学院大学非常勤講師を兼務。日本地図学会第31期常任委員。発言は個人の見解です。

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