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続・正角図法を正確に理解する

2021/8/9 (月)

はじめに

以前、「角度が正しい」地図投影法である正角図法について解説しました。

https://www.wingfield.gr.jp/archives/10049

ここでは「地球上に描いた円が、地図上でも円の形として維持できる」が正角図法と解説しました。ミラー図法や正距円筒図法は正角とはいえず、メルカトル図法は正角なので航程線(等角航路)<※等角航路が括弧書きな理由は後述します>が直線で示せると説明しました。

数ヶ月前、「形が正しいと習ったはずのメルカトル図法は高緯度になるほど形がおかしくなる」とツイートしたところ、「形が正しいと習った記憶がないし、教えたこともない」というご指摘がありました。

https://twitter.com/jimichi_librari/status/1379050613976141824

最近になって、正角図法で「形が正しい」の説明をしないのであれば、正角図法は何のために存在するものだと説明しているのか?と疑問に思うようになりました。面積が正しい「正積図法」の用途は想像しやすいです。分布図は正積図法で示すべきと説明している教科書もあります。

高校地理の教科書では、正角図法は角度が正しいことの利点として等角航路が直線で描けることしか説明されていないので、「正角図法=等角航路」として説明しているのかと思うようになりました。

正角図法・メルカトル図法・等角航路の関係

「メルカトル図法=等角航路が直線で描ける」の説明は成り立ちますが、「等角航路が直線で描ける=正角図法」の説明はメルカトル図法を除いて成り立ちません。正角図法はメルカトル図法以外にもあり、それらの地図では等角航路が直線で描けません。私自身も数年前まで誤って理解していました。

そこで、正角図法がもたらす利点について考えます。

「正角図法は形が正しい」の根拠

メルカトル図法が正角図法で、等角航路が直線で描けるのは間違いありませんが、「正角図法は等角航路を直線描くための図法」という理解は誤りです。高校地理の教科書では、平成元年の旧文部省による学習指導要領で地理A/B共に「高度な図法には深入りしないこと」と書かれていたためか、正角図法の例としてメルカトル図法しか出てきません。

地図投影法の一覧は、地図帳の巻末か一部の資料集くらいにしか掲載されていないので、授業で先生がきちんと説明されたり、図法に興味を持った生徒が地図帳の図法一覧を読んだりしないと、メルカトル図法以外の正角図法を知ることはないでしょう。

先の指摘を受けて、最近の地理Bの教科書をいくつか読みましたが、たしかに「形が正しい」という記載はどこにも書かれていませんでした。Twitter では私が高校時代に使っていた地理B の資料集を引用しましたが、他を探すと正角図法について解説した論文がありました。

簡単に言うと「正角」は「微小形が相似 」と同じである。

政春尋志 (2006)「正角法の意義と利用法」地図、Vol.44、No.1

簡単な言葉で書くと「狭い範囲では形が正しい」ということができます。

正角図法の意義

上記の論文では正角図法の意義を次のように説明しています。

  1. 地点における方位角を持った量を表現する地図
    天気図の風向や、地殻水平変動ベクトル図のように "各地点" で方位を正しく示す必要がある。
  2. 地点間の方位を示す図
    地上で計測した角度がそのまま方位を示すようにしたいのであれば正角法を採用しなければならない。
  3. 中大縮尺図
    正角図法は微小な図形で角度が正しいので長方形の建物が平行四辺形にひずんだり、直角の交差点が斜めにならない。
  4. 測地測量
    地上で計測した角度がそのまま方位を示すようにしたいのであれば正角法を採用しなければならない。
  5. 正軸法メルカトル図法による航程線(等角航路)の表示
    ※後述

説明の中に「方位」が出てきますが、方位は角度の特殊なケースです。まず「角度」とは、2つの直線が交わるときの角の大きさなので、正角図法に分類される地図であれば図上のどこでも角度が等しく描けます(このことから、狭い範囲では形が正しいといえる)。方位とは、ある基準の方向(通常は真北)に対する角の大きさです。方位を正しく示すには「正距方位図法」や「正積方位図法」が思い浮かびますが、これらの図法で正しく方位が描ける(地図上で角度が一意の方向に定まる)のは、地図上で任意の1点のみです。「2点正距図法」や「2点方位図法」だと任意の 2点でのみ正しく示せます。

図解

微小とはいえませんが、正角図法の地図上に半径500kmの円と、等角航路、参考として大圏航路を示して比較してみます。緯度0度、経度0度から北東(方位角45度)に一定の距離を進んだ場合の等角航路と大圏航路を示しています。

メルカトル図法は、どこでも基準の方向が同じ(経線が平行)な正角図法です。

メルカトル図法

正角図法自体は必ずしも基準の方位に対する角度が一定になるとは限りません。他の正角図法では、円の形状は維持できていますが、等角航路は曲線となっています。投影法の中央子午線上を起点にしたので図法によっては直線に近く見えるものもありますが、航程線の角度は違います。

当然、描く等角航路によってはもっと歪むでしょう。

等角航路が直線で描ける図法の条件

等角航路を直線で描くには、2つの条件が必要です。

  1. 正角である
  2. 基準となる角度(=通常は真北)がどこでも同じ方向で示される=経線が平行である

この 2つの条件が同時に満たせられるとき、はじめて等角航路が直線で描けます。そして、それが実現できる唯一の図法がメルカトル図法なのです。

なお、必ずしも等角航路を地図上に直線で描く必要はありません。そのため「等角航路が描けるのはメルカトル図法のみ」という説明は「直線で」という条件が示されていないので説明不足です。

「等角航路」という用語は非推奨

ちなみに、高校地理の教科書では、角度を一定にして進む航路を「等角航路」として説明していますが、日本国際地図学会(現日本地図学会)が編纂した『地図学用語辞典』によると、等角航路という言葉は使うべきではない用語として記載されており、「航程線」を使うべきと示されています。

同じく「等角図法」や「等積図法」という用語があるのですが、こちらも非推奨となっており、「正角図法」「正積図法」というべきと示されています。

地図学用語集(案)

等角図法と等積図法は駆逐され、高校地理の教科書でも正角図法、正積図法と解説されていますが、「等角航路」だけは駆逐されることなく現在でも使われており、逆に航程線という用語は知られていません。専門書を読まなければ知ることのない用語だと思います。

あくまで想像ですが、「大圏航路」に対する用語としては、「等角航路」の方が「航程線」より語呂が良いから使われ続けているのではないかと思っています。教科書を執筆されている先生で、異を唱えられてこなかったのか、唱えても却下されているのか分かりません。もしかすると、用語辞典が編纂された後で「等角航路」の非推奨が取り消されたのかもしれないとも思いましたが、『地図投影法』での解説でも航程線として説明されており、「等角航路ともいう」と書かれているので、優先的に使うべき用語は「航程線」のようです。

まとめ

正角図法の「角度が正しい」とは、「狭い範囲で形が正しい」、たとえば地球上に描いた円が円の形状を維持できるという意味です。「等角航路が直線で描ける」という意味ではありません。メルカトル図法は正角図法の特殊なケースで、経線が平行なので等角航路を直線で描くことができる唯一の図法になります。メルカトル図法以外にも正角図法はありますが、他の正角図法では等角航路は直線で描くことはできません。

さらに、「等角航路」は非推奨で「航程線」という用語を使うべきなのだそうです。

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